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カテゴリー“メディアリテラシー”の記事

あくまで言論の自由を守ってるだけだよ。ウチは共産党とは違うからね。 by 麻生太郎

愛・蔵太の少し調べて書く日記 - 日本核武装論ってそんなに盛んだったのか。あと麻生太郎氏の発言は会議録のほうが面白い

麻生太郎前回の記事ではマスコミ報道の姿勢について書いたんですが、共産党などが出している罷免要求のもとになっている麻生外務大臣の国会発言をみてみるとまた面白いことが。これはマスコミ報道だけ見ててもわかりませんね。

さて、前回も書きましたが現在の報道内容は要約すれば「麻生外務大臣や中川政調会長が核保有議論を容認している→被爆国である日本の閣僚・指導層としてあるまじき発言→罷免しろ!・・・と、共産党や社民党が言ってるよ。民主党の鳩山幹事長もね。」という感じなんですが、国会議事録を見ると最初の段階からちょっと怪しいんですよね。そもそも最初の中川発言自体も野党連合が言ってるような「核保有へ向けての議論をしよう」なんて内容じゃなかったわけですが。

さて、実際の内容を見てみるのが早いんで麻生大臣の発言を引用しましょう。結構同じようなやり取りが繰り返されてるんですが、やはり注目すべきは愛・蔵太さんも引用されてるこの場面ですね:

第165回国会 外交防衛委員会 第3号

平成十八年十月二十六日(木曜日)

(中略)

○緒方靖夫君
 麻生大臣に伺いますけれども、私は人間はすべて平等だと思っておりますよ。そして、言論は自由だし、封殺されてはならないということを強く確信持っておりますし、そのためにこれまでも働いてきました。しかし、すべての人間は平等でありますけれども、しかし外務大臣という職にある者が言っていいことと言って悪いこと、当然それはあると思いますよ。ですから、そういう問題をやはり分別を持ってやはりこの問題に当たるということが正に必要だと思います。

 したがって、私は、やはりこの問題については、大臣に、大臣だというその点ですよ、その点から、やはりこうした発言は繰り返してほしくない、そうしてこれまでの発言についても撤回すべきだということを要求したいと思います。

○国務大臣(麻生太郎君)
 度々お答え申し上げておりますんで、柳田先生にお答えしたのと同じことをもう一回言いますんで、よく聞いていてください。

この間の話を申し上げましたが、一般論として国の安全保障の在り方というものにつきましては、それぞれの時代状況というものがあります。持たず、作らず、持ち込ませずといったものを作った時代はいわゆる佐藤内閣のころで、冷戦構造の最中でありました。今は冷戦構造は終わって一極構造になり、隣に核を保有し、それを搬送する能力を持ったノドンというミサイルを実戦配備させ得るまでの国が隣国に登場してきたという状況を踏まえて、日本の防衛というものを考えてみるというのは当然ではありませんかと。その中に非核三原則というものもあります。これが国是ということも分かっております。しかし、状況が違ったということに関していろいろな議論が出てくるということを封殺するつもりは私どもにはありません。これはずっと申し上げてきている。

ただし、我が国が非核三原則というものを、これまでも歴代の内閣が累次にわたって説明をしてきております。この内閣においても、安倍内閣においても同様の発言がされております。したがいまして、これを堅持していくという立場に変わりはないということも度々申し上げました。うちは共産党と違っていわゆる自由にしゃべれますんで、そこは間違えぬでくださいよ。その自由にしゃべれるというところまで封殺され、封殺されるのだけは断固認められぬという意見を申し上げておるんであって、自由のために我々は働いております。

また、法律上いっても問題だということも、原子力基本法というものもありますと。また、条約の上からもNPT条約というものにも加盟をしておるという現状を追ってみますと、日本の核兵器ということに関しては保有することはありませんということをずっと申し上げてきたのであって、そういった議論が起きるということを私はあおっているわけでもありませんし、ただ言論封殺というのに加担するつもりだけはありません。

これ以前に民主党の柳田稔議員との間でもやり取りがあるんですが、麻生大臣は一貫して「政府の方針としては核兵器の保有は考えてないし、法律的にもムリ」と言い続けてます。でも野党側としてはどうしても「核保有を容認している→けしからん」という流れに持っていきたいようで、共産党の緒方議員も「外務大臣が核保有議論を容認するのはけしからん」としつこく噛み付いているわけです。

まあそもそも「言論は自由だし、封殺されてはならない→だけど外務大臣が(核保有に関する)議論を認めるのはけしからん。撤回しろ!(=そんな議論は潰せ)」って時点で論理矛盾なわけですが、それに対しての麻生大臣の切り返しがスバラシイ。

「あくまで言論の自由を守ってるだけだよ。ウチは共産党とは違うからね。」

これですよこれ。なんとか相手の失言を引き出そうとあの手この手でしつこくまとわりつく相手に正面切ってスパっと返す。内容もあくまで正論。妙な小細工一切無し。このあたりが特にネット上での麻生氏の人気のポイントでしょうね。

*

さて、議事録を見る限り麻生大臣が核の保有を容認(イメージ的には推進)している場面は一度も出てきませんよね。今までの発言を振り返っても「なぜ、日本は核保有をしないのか?どういう経緯でそういう風に決めたのか?今までの経緯も踏まえて、なぜ持たないかという理由をきっちり議論をしておいた方がいい」というように、どちらかといえば非核三原則の保持が原則なわけです。

で、一体どこが問題なんでしょ?

やっぱ“自由な議論”が問題なんでしょうかね。共産党や民主党にとっては、都合が悪い話題は大きくならないうちに摘んでしまうのが当然みたいですから。

それにしても相手が全然言ってもいないことを槍玉に挙げて罷免要求ってのはフェアじゃないよなあ。なんで日本の野党ってこんなんばかりなんだろ。

※てか自民党内部からも同じようなこというやつ出てきてるし。まあならそういうこと言っても不思議はないけどね。

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日本に本当に必要なのは・・・

戦争を避けるために本当に必要なもの - 朝鮮日報

麻生太郎外相や自民党の中川昭一政調会長の核保有論議容認発言への批判(というより非難)が延々と続いています。いつもの共産・社民だけでなく、最大野党である民主党の鳩山由紀夫幹事長までもが加わって罷免罷免の大合唱。本来“議論することが仕事”のはずの国会議員が、“議論は大事”と言っただけで進退問題になる今の状況って、どうなんでしょうね。

これは安倍政権の悲願である憲法改正についても同じこと。改正に必要な国民投票の詳細を決める法律の審議についても野党陣営はその議論そのものを拒否しているわけで、もう何のための議員なんだかよくわからない状況。そもそも憲法で定められた手続きに関する法律が存在しないこと自体がおかしいわけですよ。憲法が完全に機能するための法体系そのものが欠陥を抱えたまま放置されているわけですから。

とにかく特定の話題については“議論すらまかりならん”という現状。ここは本当に民主主義の国なのかと疑いたくなる状況です。まあ世界には「党の方針に反対の国民など“存在しない”んだから、党は当然民意を代表している」という形式の“民主主義”もあるようですから、共産党や社民党の言う“民主主義”とはそちらのタイプなのかもしれませんが。

でもそんな論調に異を唱えるマスコミが見当たらないというのは困り者。朝日新聞のように積極的に政府批判に邁進しているところを除外しても、大方のマスコミはそういう“議論そのものを否定する主張”には無関心。もちろん現状では小難しい議論より“平和”だ“反戦”だと御題目を唱えている方が読者受けはいいでしょうから、商業紙としてやりやすいのはわかります。でもそれで本当に報道としての役割を果たしていると言えるのでしょうか?

というところで冒頭の朝鮮日報の記事

韓国も北朝鮮との関係で日本と同じような状況にあります。ただ違うのは、韓国の場合は盧武鉉政権自身が悪化する国際情勢の中を押して北朝鮮に対しての宥和政策を続けているところ。日本で言えば自民党と野党連合が入れ替わったような感じです。

盧武鉉大統領の「戦争か平和のどちらを選ぶのか」 「それなら戦争しようとでもいうのか」といった発言や「平和を最高の価値とみなし、関係を調整していくなら、われわれは平和を損ねることなく十分にやっていける」という言葉は、まるでそのまま日本の社民党や共産党の発言と変わりません。そして言葉通りであれば全く「ごもっともな意見」。

でも日本と違ってずっと北朝鮮との緊張状態を続けている韓国ですから、経験の蓄積は日本の比ではありません。理想と現実の違いがわかる記者も当然いるわけで。

記者は過去の歴史を例に挙げながら「戦争を恐れて避けることばかり考え、消極的な態度をとり続ければどんな結果をもたらすのか」を説き、「武力衝突を覚悟の上で行った強行作戦で北朝鮮の艦艇2隻を撃沈したが、それ以上の戦闘の拡大はなかった」例を挙げながら、「戦争は戦争を準備する者を避け、戦争を恐れるに忍び寄る」という格言で記事を締めくくっています。実に説得力がある批判記事です。

朝鮮日報はその政府批判記事によって東亜日報と共に青瓦台から締め出しを食らっています。でも記事はいたってまとも――というか、説得力がありすぎるんで締め出し食らっちゃったんでしょうけど。政府批判の記事でもどこぞの新聞のように意味不明な揚げ足とりではありませんし、そして何より真の意味で愛国的な記事が多い。

振り返って日本のマスコミはどうでしょう?日本で目にする記事といえば政府批判は反日(というより売国)思想的な目線からのものばかり、それに対抗するのは“批判の批判”みたいな内容ばかり。実質的な議論はどこかへ行ってしまって互いに中傷ばかりしてる感じが否めません。

なんだかんだ言っても世論形勢にもっとも影響が大きいのはマスコミ。そのマスコミのレベルがワイドショーとかわらないのであれば世論もまた行き着くところはワイドショーなみでしかありません。今の日本に本当に必要なのは、くだらない枝葉末節に噛み付いてお茶を濁すのではなく、もっと本質的なところまで斬り込んだ報道が出来るマスコミなのではないでしょうか。

※それにしても民主党の凋落振りは酷すぎ。本来なら自民の対抗勢力に投票したいところなんだけど現実問題として政権任せられる政党って今のところ自民党しかないじゃん。まるで究極の選択。勘弁して。

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新聞メディアによる情報操作の一例

何時からMDは対地攻撃が可能になったのだろう? : 週刊オブイェクト
 [関連] たむたむの自民党VS民主党: 沖縄のPAC3配備の真実

中国・北朝鮮のミサイル歓迎 - PAC3なんていりません一つ前の記事に関連して新聞メディアの情報操作の一例。元ネタは琉球新報のこのページ(さらにこの元になってるのはこちら)なんですが、あからさまに事実とはかけ離れた方向に世論を誘導しようとする意図が見えますね。

嘉手納基地に搬入されるPAC3対弾道ミサイル防衛システムの搬入を「市民団体の抗議行動」を例にあげて中国へ向けての軍備増強だと非難しているわけですが、そもそもPAC3は自らの頭上に降ってくるミサイルを避けるための装備(しかも射程はたったの15km程度)であって、どう工夫してもこれで中国を含む他国を攻撃することなんてできっこない。全くの素人ならともかく、仮にも新聞社とあろうものがそんな基本的なことを知らないはずがないわけで、これらの一連の記事は明らかに政治的目的で書かれてるのは明白です。

日本では思想・良心の自由が保証されていますし、表現の自由も保証されています。
ですからミサイル防衛網の配備に反対する意見を表明することそのものにはなんら問題はありません。その内容が国や同盟国の方策に反するものであっても、たとえそれが「中国様の沖縄進出の邪魔になるような装備には反対!」というようなな内容であったとしても、意見としては尊重されるべき。

ですが、だからといって「目的のためなら素人の読者をだまくらかしても構わない」ということにはなりません。自らの主張が正しいのだと思うのなら、わざわざ姑息な手段を取らなくても堂々と主張すればいいんですよ。その内容に共感する人が多ければ、妙な操作を行わなくてもいずれ主流派となっていくんでしょうし。

なんていうか、情報操作にしろ最近のはちょっと読者/視聴者を舐めてるっていうか、手抜きがあまりにも多すぎるんですよね。それが反発を呼んで朝日新聞などが言うところの「右傾化」につながってるわけで。

でも、もしかしたらそういう手抜きって、実のところいい加減上層部のやり口にうんざりした内部分子のサボタージュだったりするのかも。

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